8月

8月1日(金)--------------------------------------------------------------------

敬愛するオジキ、幸至朗さんを、ホスト(しーなさんもゐるからホステスか・・・)としてもてなし、広島を満喫してもらふ為の壱日。

チェックアウト時にホテルに迎えに行き、楽器をワシのスタヂヲに預ける。その後、平和記念公園→原爆ドーム→原爆資料館→宮島、といふ、まぁベタな「広島観光コース」にあえて幸至朗さんをハメこむ。歩き疲れたらナニかの店に入り、呑み、また歩く、と云ふ。途中けっこう気合いの入った雨となったが、日頃あんまり太陽を浴びてない幸至朗さんには、けふの天候は楽だっただらう。暑さでヘバってしまふよりは、全然良かった。

全ての行程を終え、幸至朗さんを見送る。まぁ2週間後には、松阪で再会するのだ。姑くの間、のアディオス。

ワシらはしーシュで、ひとまづこの旅とけふの打ち上げをかる〜くやり、帰る。まぁはっきり云ってドリームスリーパァでなくとも、横になれば寝てしまいさうなほど疲れてましたけどね。

かくして、ほとんど広島にゐない8月、夏の本番を迎える。

2日(土)----------------------------------------------------------------------

(今のところ)広島市内でいちばん背の高いビルの足下で開催された夏祭り、のゲストに、しーシュで呼ばれて行く。ここは、ちょいと流れは違うけど、「乱葛(牧瀬茜、大槻オサム、ワシ)のトリオが生まれた場所でもある。

何時間かおきにゲリラ豪雨が襲来する中での半野外ライヴ、と云ふ事で色々懸念せしも、まぁンな事云っても仕方ないので、演る。「夏祭り」と銘打ってゐるので、久方ぶりに浴衣を着る。
さういや此処んところ、ツい面倒くさがって和装を敬遠してゐた。しーなさんの娘に『手ェ抜いてるんぢゃない?』と申された、と云ふ事もあり、ここはビシと。

ワシらがステージに上がると豪雨が来る、みたいなかんぢだったが、自分ら的には意外なほどオモロく、演り甲斐のあるライヴとなった。ストリートで演る、てこんなかんぢなのだらうな。

夕方と宵の口、計二回のステージを勤め上げ、ミッション完了。もぅ隠しようのない大雨となった中、帰った。

3日(日)----------------------------------------------------------------------

引き続き、朝から雨。
旅と、その後のあれこれの疲れをいやす良い機会。「晴耕雨読」宣言をして、ホンマに壱日じゅうウチにゐて、本読んだり、映画観たりしてゐた。

4日(月)----------------------------------------------------------------------

月曜なれど、専門学校は夏休み期間中にて、けふも引き続き休み。

が、昨日しっかり休んだので、けふは練習に身を入れる。午前中はベースを弾き、午後からは「吟」のリハにスタヂヲに入る予定でゐたが、けふは颱風の前兆を思はしむる雨と風で、それも断念。

5日(火)----------------------------------------------------------------------

お久しぶ〜り〜ね、のリコズの一員として、宮崎県は都城市のリズムワークショップにインストラクターのひとりとして参加。
リコとの二人旅は初めて。
このデュオが、駅で待ち合わせ、新幹線とバスを乗り継いで旅するのも、なんか変なかんぢである(笑)。

昔、ひとりで九州を廻ってゐた頃、在来線とバスを乗り継ぎ、久留米〜熊本〜と何時間もかけて来てゐた都城に、広島からわずか数時間で到着。新幹線の高い料金は、これの値段なのだ、と再認識。

けふから3日間にかけて行われるワークショップは、リコとも縁深きスーパードラマー「たっぴー」こと岩瀬立飛氏を都城に招いて、のもの。

けふのところは顔合わせと打ち合わせ&前宴会。
けふから4日、ホテルのシングルを拠点に動く、といふ、あまりないパタンで、新鮮。

6日(水)----------------------------------------------------------------------

さて、いよいよワークショップ。
講師のひとりとして名を連ねてはゐるが、ワシ自身、ワークショップを受けた事も演った事もないので、どげな事になるかは全く未知数。

朝早くから会場に入り、準備して、生徒さんを待つ。

始まってしまへばもぅ、参加者はみな打楽器を叩きたい人ばかりやので、ひたすら叩きまくりの世界。音がやまない。朝の9時から夕方5時まで、づ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと誰かがナニカを叩いてゐる。

ワシはベースの受講生が一人居られたので、その人へのレッスンを中心に進めたが、その間もづ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと誰かがナニカを叩いてゐる。
休憩中も叩く。
話し合いしてても叩く。

「音に疲れた」といふかんぢが、これほどしっくり来る壱日も珍しい。
夕方、よぅやくセッションが落ち着き、中庭で風に吹かれながら座ってホッとした。
これがあと3日続くのか、と思ふと・・・・・

生徒さんはみなイキイキとして楽しさう。まぁそれが講師としては嬉しい。

けふは終演後、講師と生徒さんたちの懇親会、といふ名目の会食。おずおずといろんな質問が来るのが楽しい。

講師と生徒の間を受け持つ役割のニッチに、若いパーカッショニストが居り、これがなかなかオモロい。「仙人」と呼ばれてゐるが、まぁ若いパーカッショニストにありがちに、起きて呼吸をしてる間はづっとナニかを叩いてゐる、といふタイプの青年らしひが(笑)、聞けばカホンの中に荷物を詰め込み、世界一周をした事があるらしひ。かういふ大馬鹿野郎は大好きだ。

7日(木)----------------------------------------------------------------------

ワークショップ二日め。

昨日の懇親会の甲斐もあって、だいぶ顔なじみになった生徒さんたち。
けふはたっぴーのイキナリの振りで、「楽器説明」のコーナーが設けられ、電気ベースにつひてあれこれ語るワシ。

さういふ事が上手くなってゐる自分、てのを客観的に認識し、なんかインストラクター慣れしてゐる自分をフクザツに思ふ。

その後また、終わりなきセッションが断続的に続き、明日の発表会に向けて、作品が形作られてゆく。
ワシは生徒さんのバックアップも含め、ほぼ全編ベース弾いてゐて、日頃こんな長い間ベース弾き続けるなんてないので、手が痛い。
けふも朝9時から夕方7時まで、弾き続けの演りまくり。

う"~~~、流石に疲れたよ。

8日(金)----------------------------------------------------------------------

ワークショップ最終日。
けふは「発表会」てことで、昨日まで練習したりセッションしたりしたのを、ちゃんとした形でライヴする。まぁお客さんは数人しかゐないのだが、参加者が演者であり観客、てなかんぢで、なんかかういふのも悪くないネー。

今回、初めてかういふのに参加して、インストラクターの末席に名を連ねさせて頂いたが、なかなか得難い経験だった。初日は正直『うぅわ〜』と思ったが、終わってみると楽しい3日間だった。

さて、けふはその後、都城市内のリストランテにて「ミヤコノ・リコズ」のライヴ。

リコとワシに、この三日間ワークショップを供にした、地元の名パーカッショニスト谷口潤実くんを加えたトリオ。このヒロくんのパーカスが、割と今までに会った事がないタイプで、久しぶりに参加するワシとともに、リコの楽曲を彩る。

巨大颱風接近がシャレにならぬ宮崎県にて、お客さん来るんかいな?と懸念したが、お店側が宴会を入れてくれ(あとで聞いた所によるとこの宴会もキャンセルを申し込まれたさうです。それを受け付けずに敢行してくれたお店に感謝)、これがまた音楽好きの一団で、見せ場には拍手歓声大きく上がり、よぅ盛り上がったライヴとなった。

どっちかってーと「繊細」なタイプのヒロくんのパーカスを受け、けふはワシもジェントルに演らん、としたが、始まってみればやはり「リコズのワシ」。いつものやうにハジけまくって弾きまくり、まぁウケたからいいや。

他にも、ワークショップに参加した女性陣も雨の中駆けつけてくれ、おおぃに良いライヴとなった颱風の夜の都城。

打ち上げ終えてホテルまで帰る頃には、風雨はやや「キケン」な状況にも近く。
明日はランチコンサートがあるんだが、出来るんかいな?てなかんぢで・・・。

9日(土)----------------------------------------------------------------------

颱風接近。まぁ当然ながら、ランチコンサートは中止。
けふはそのランチコンサート後、広島へ向けて帰還を開始する予定であったが、昨日の段階で「そは無理だらう」と云ふ事になり、安ホテルを確保してゐた。

暴風雨の中、移動。市内にある時間無制限のカフェにて、ワークショップの反省会&昼飯&ホテルのチェックインまでの時間をつぶす。

ライヴも何の予定も無く、ただホテルにぢっとして壱日を過ごす、と云ふはおそらく初めての経験。タマにさういふ事に憧れたりもするけど、実際やってみると、特に面白くも何ともない(笑)。

その後、もぅどっかに出て行くのも面倒くさい、と云ふ事で、ホテル付属の居酒屋で適当な飯。プラスかるい部屋呑み、でお開き。

どーやら颱風は去ったやうで、これで明日、広島を目指して出発できるぞ。

10日(日)-----------------------------------------------------------------

朝10時のチェックアウトと共に広島へ向けて出発。
台風一過のあをぞらの下を・・・・、と云ひたいところだったが、途中はまだ颱風の影響強しで、それなりの雨の地域もあり。

サービスエリアの買い食いも楽しく、思ったよりづっと早く広島に帰還。広島の空は晴れ渡り、強烈な暑さ。だが大気澄み切り、嗚呼台風一過、といふかんぢ。

リコ、お疲れさまでした。良い企画に参加させてくれてありがとう。
そいから、音響要員&飲食要員(?)として途中から駆けつけてくれたミカヲくん。運転お疲れでした。

ホンマに、普通にレッスンしてライヴして・・・といふのとは違う、新しい経験をさせてもらった、と思ふ。自分に凄く合ってる、とは思へぬが、また機会があらばチャレンジしたいと思った。


3週目

11日(月)-------------------------------------------------------------------

旅帰りすぐで、「吟」@オリエンタルホテル。

予定では一昨日帰広して日曜日にスタヂヲ入って準備して・・・と思ってゐたのだが、帰広が壱日伸びた為、割と突貫で本番に入らねばならんくなった。まぁ仕方ない。直前までレッスンやって会場入りす。

ここ数回、常連Hさんご夫妻を中心に2〜3組のお客さんのみを相手に3ステージ、といふ展開が多かったが、けふは久々に満員の店内。しかもそのほとんどが男女のペアで、会話に興じる、よりは二人で音楽に耳を傾ける、と云ふかんぢのアベックばかり。いつもに増してキアイ入る。かなりの好評を頂きながら3ステージを完遂。帰り際にキチンと『(演奏を)ありがとう』と挨拶してくれるお客さんも多く、安堵。

この仕事も3年めに入り、ますますキチンとやっていかなアカンな、とつくづく思ふ。

けふはレッスンとの兼ね合いもあり、チャリで「通勤」してゐたが、あまりに暑いので制服(ワシは此所の仕事時には、しーシュ:黒服&スラックス、ソロ:白服&スラックスを制服、と決めてゐる)のまま帰る気にならず、便所で短パン&Tシャーツに着替えてチャリを漕ぐ。

12日(火)-------------------------------------------------------------------

昨日は、壱日に2回も「チヲビタ」を呑む、といふ事をしてしまふほどくたびれてゐたが、けふもやるよ。

まづしーシュのリハ。夏後半ツアーでの演目や、セッションの内容など詰めてゆくリハ。できるだけ歌詞カードや譜面を見ずに演りたいとは思ふが、今回は難しいかなぁ(演目が多い)。それに名古屋で演る予定の「昭和歌謡ショー」の選曲が暗すぎる事が判明。選曲からやり直す事になる。はてさて本番までに間に合うでせうかー?。

そぃからFMの収録に。制作サイドからテーマに合った曲のセレクトを相談される。先日、同じ相談を受け、伊太利のプログレバンド「アレア」を紹介した。今回はイギリスのアヴァンポップトリオ「スラップハッピー」を紹介。地方局の公共電波にこの系統を流させた、てのはある意味快挙かもよ(笑)。

その後、定例しーシュ会議。話し合わねばならぬ議題が山積み。その場で先方に電話をかけ、確認をとる案件いくつか。

13日(水)------------------------------------------------------------------

昨日、いくつかの案件の後、フイに思ひ立ち「兄貴」八尋洋一さんに電話してみた。

都城で岩瀬立飛氏と絡んだ折、ヤヒロさんの話も出た。そもそもリコの縁でたっぴーと絡んだ事から発展し、たっぴーの相棒でもあるヤヒロさんと知り合い、何度か共演させて頂き、兄貴、と呼ぶまでになったのである。ここんところすっかり御無沙汰をしてゐて、今さら電話なぞしても良いものか、と逡巡してゐたが(ワシはそもそも電話が苦手)、思ひきって電話したのだ。

ヤヒロさん、ちょうどライヴが終わって一息ついておられた時のやうで、開口一番『おぉ!シュウ!声が聴けて嬉しいよ』と云ってくれ、此所数年で一番嬉しかった。

また、あの躍動するベースラインと、4弦ベースでできる事は全部やる、あの素晴らしい技を堪能したいものだ。

14日(木)--------------------------------------------------------------------

盆のお務め。女房方の実家に里帰りす。

今回、特に感慨深いのは、死後3年間、その遺骨と共に暮らした「うさぎ(イグアナ)」を、遂に土に還してやることに決めたのだ。遺骨の処理に関しては夫婦で何度か話し合い、結局はやはり土に埋めてやるのが最良かと。で、広い庭(てゆーか山)を持つ女房の実家にお願いした、といふ訳だ。

歴代の飼い犬達も眠ってゐる、といふ庭の片隅をお借りして穴を掘り、3年間共に暮らした遺骨を撒く。愛用してゐた止まり木を植え、ささやかながら線香もあげる。骨壷ごと埋めてやることも考へたが、やはり、遂に最後まで目にする事も出来なかった「大地」に直接触れ、自然に還るのが良いやうに思ふ。この肥沃な土壌ならば、おそらくは壱週間もせぬうちに土に還るだらう。

これで本当にサヨナラだ。ありがとうな、うさぎ。いつかまた会える日まで、輪廻を巡れ。

15日(金)-------------------------------------------------------------------

けふはワシの家系の、盆のお務め。

ワシの実家は女房方の実家ほどは離れてない処にあるが、その系譜は複雑で、墓所は各地に点在してゐる。全部で4ケ所の墓地を廻らねばならず、なかなかたいへんだ。特に死去後まだ2年経ってない親父の墓が、(馴染みの薄い墓所なので)何処にあるのか分からず、オフクロの処に親戚からの『何処だ?』といふ電話が次々と入って来るのださう(笑)。かく云ふワシも、はじめ見つけられずに焦った。

まぁ『墓参りなぞ所詮は形式』と考へる家系なので、むしろ縁者集まって故人の思ひ出話をしてやるが良い、と。まァしかし遺族も歳をとって来て、集まるのも難しくなったが。


4週目

16日(土)-----------------------------------------------------------------

ネットを始めた頃・・・、まだ「動画」なぞ、受信も発信も相当にハードルが高かった頃、気になってゐたベーシストがゐた。ブラヂルのジョージ・デガス。

「気になってゐた」と云っても、サイトは英語とポルトガル語。写真と、雰囲気だけで判断するほかはないのだが、そこら辺はCDの「ジャケ買い」が得意だったワシなので、弾き姿の写真で、だいたいピンと来る。これはオモロいに違いない、と。しかし当時は「視聴」すらなかなか環境が整ってないと難しいやうなネット事情で、せいぜいがmp3の断片のやうなものしか聴けなんだ。

それでもこの、まるでギターのやうにベースを扱うブラヂルの男に、俄然興味を持ったワシ。まだ尼存もそれほど普及しておらず、海外通販が当たり前になるのも、もぅ少し先の話。なんとかこの人の音源なりが手に入らぬものか、と四苦した憶えがある。

いまやYouTubeに幾らでも動画が上がってる。イイ時代になったモンやな、ホンマ。改めて見てみると、ホンマにギターのやうにベースを扱い、それで結構なポップスを演ってゐる。当時ロックバンドのフロントを務めてゐたワシより、今のワシに近いかんぢのアプローチ。まぁ、来るべくして来た道、て事かねぇ?。

でも、今は別にこの人の音源が欲しいとは思はぬ。上手く行かんもんですねぇ。

17日(日)------------------------------------------------------------------

久々に晴れたので、しーシュのリハにはチャリで。しかし、すっきり晴れぬ夏だな。クソ暑くないのは良いけど。

此所数日、個人では、昭和歌謡をベース壱本で唄う、といふ練習をしてゐる。時折コードを交えたりはするが、基本的にはベースラインと、唄。楽曲の完成度が高いので、この二つでも曲が成立する素晴らしさ。これが音楽、と云ふものよ。この練習のお陰で、しーシュのリハでもスムース。なかった処に和音がある素晴らしさ。

来週からまた旅が始まる。良い唄を演るデュオ、としてもっと広く認知されたいものですね。

18日(月)-------------------------------------------------------------------

ボロい中古車壱台が買えるくらいのカネ払って直した愛車「にっち」だが、どーも調子が悪い。ので、また修理工場へ持ち込む。その場でササっと直してくれるものと思ひきや、なんや時間かかるとかで、また代車が出る。これいちいち満タン返しだから、ガソリン料金の上がった今、結構イタいんだがなぁ・・・。

まぁしゃあないので代車であちこち動き、ミッションを遂行。夕方頃『治った』と連絡入り、満タン返しで修理場へ。たった半日乗っただけやのに、なんやこのガソリン代は!?。燃料の高さもアレだが、この代車、燃費悪すぎるで!。

したら工場からウチへ帰る間に、今度は「エンジンチェック」のライトが点灯し始め、おぃコラ!てかんぢ。なんやこれ?。直すより、新しいのに買い替えるべきであったか?といふ疑問がフツフツと浮かびつつある。あ"〜〜〜〜〜!!。

でももぅ払っちまったからなぁ、最低でもあと2年は乗らんと、納得できんわ。

19日(火)-------------------------------------------------------------------

FMの収録へ。けふは提供元の企業の取材、てゆーか撮影が入るので「綺麗にして来なさい」と命が下る。ので、すこし小奇麗に。

まぁ「収録してる風」なところを、適当に撮影。結構一般人の目に触れる媒体に載るらしく、しーなさん、写り具合にチェックが厳しい。カメラマンはツイデに収録を見学され、『すごい面白いですね』と云ふて下さった。これからも良き番組にできるやう、頑張って参りますので。

けふはその後が参った。収録中からすでにデカい雷の音が聴こえてゐた(スタヂヲの中にゐるのに!)が、外に出てみるとその予想を上回る凄まじい雷雨!。こんなたくさんの雷、久々に見た。しかし『まぁいつものゲリラ豪雨だらう』と甘く見た我等は、そっからいつものやうに企画会議へ。しかしカフェの窓から見える外の様子が、明らかに尋常ではない様相。ゲリラ豪雨どころか、どんどん酷くなって来よる。しーなさんを家まで送り、そっから先、ウチまでの道路が完全に川になってるのを見て、いよいよこれが異常事態であることに気付く。

決死の運転で、なんとかウチまで帰ったが、激しい雷雨はその後も収まらず、そして翌日にはたいへんな惨状が明かされる事になった。

20日(水)------------------------------------------------------------------

朝イチ、まづ家のすぐ脇を通ってゐるローカル路線が、完全に運休してゐる事を知る。もぅ雨は降っておらず、所々青空すら覗いてゐるが、川の水は無気味に膨れ上がり、空には何機もヘリが飛んでゐる。家から見える所の山肌が数カ所、ざっくりと抉り取られたやうに崩れ落ちてゐる。どーやらあれと同じ事が、民家の近くでも起きてゐる様子。

時間を追うごとに、災害の状況が明らかにされて行く。相当数の民家が山崩れに巻き込まれ、道路も寸断されて孤立してる地域もある。久しぶりに酷い自然災害だ。全国の友人知人から、続々と安否を気遣うメールや電話が入って来る。どーやら全国版ニュウスで『安佐南区』といふ名前がばんばん流れてゐるらしい。安佐南区、と云っても広いので、ウチはその中では川にも山にも遠い地域。多分この後もそれほど酷い事にはなるまい。しかし、ちょいと道を隔てた処の街の一角が、ホンマに酷い事になってゐる。

しかし、我等は音楽家。やらねばならぬ事はひとつだ。かの3.11東日本大震災の時にも喧しかったこの議題、我々は「演らずにおれないから演る」のだ。けふは椎名&フライデーとしてオリエンタルホテル。粛々と、しかし力強く、唄い、奏でた。

21日(木)--------------------------------------------------------------------

被害状況拡大。大震災の時と同じで、時間を追うごとに犠牲者の数が増えて行く。未曾有の大災害、となりつつあるやうだ。出来る事は何もないが、亡くなった方には御冥福を。残された遺族には慰めを。まだ安否の分からぬ人々には、一刻も早い救助を。

そんな中、新曲ができる。5月の創作ラッシュ以降久々の。

震災から3年経ち、よぅやくあれと向き合う詞が書けるやうな気がしてきた処に、来月訪れる福島は女川の現状と、昨日の広島の惨状が、後押しをくれたやうな気がしてゐる。だがまぁ、例によって、ほとんどのヒトが「あれの事」を唄った歌だとは気付くまい、と思ふ。特にそれを口にする気もないし・・・。まぁこの日誌を読んで、この事を憶えてゐるヒトがゐたら、しーシュの新曲を聴いて、『あ、これだな』と思って下さい。

22日(金)-------------------------------------------------------------------

専門学校。夏休み終わる。またしばらくセンセイ業だ。初回、早速生徒ひとり休み。

全国に「広島市:安佐南区」といふ名が広まり、しばらく交流のなかったヒトから連絡あったりす。けふは大学時代の友人から安否を問う電話。学生の時の4年間、ホンマに四六時中一緒にゐて、マジでケツの痣の色まで知り合ってゐる(たとえですよ)やうな親友だった。近々、なんかあの頃の仲間が一堂に介せぬものか、と話す。

ムダに体力の余ってるヤツらの集団で、バレーボールから格闘技まで、オープンの試合ならどんなスポーツにもチャレンジする、といふ変わったチームを作ってゐた。だいたいが親元離れて一人暮らししてゐる者ども。その気楽さと侘びしさから、ホンマに家族のやうに付き合ってゐたな。さういふ点で、自宅から通って来てゐる学生とは、明らかに趣が異なってゐた。逆に云へば、あまりにみな出自がバラバラだったので、卒業と同時にそれぞれの世界に散って行ってしまったのだが・・・。

最後に会ったのは多分29歳の時。ほぼ20年ぶりに声が聴けて嬉しい。

明日からしーシュのツアーなのだが、どーやら天候に恵まれぬ旅となりさうだ。週間天気予報を見ても、壱週間ほぼ変わりなく「曇り時々雨」。なんかめんどくさいなぁ。


夏ツアーへ 9月へ