3月
3月1日(火)--------------------------------

3月になっちまった。

オルカ団のCDの最終仕上げパッケージをすべく「パッケージプラザ」といふ店に行く。ぴったりのサイズのモノが無かったのが残念だが、まぁ良いだらう。今回「紙ジャケ」にこだわったが、最終的にワシが採用したのは「折り紙ジャケット」といふヤツのやうだ。此のアイディアはB華堂のH主任の提案なのだが、お陰で大幅にコストダウン出来た。さぁさぁ、これにてオルカ団セカンドアルバム「きねつき」発表の段取りが全て整いましてござんす。

チと情緒不安定になってゐるやうで、レッスン中、意味も無く怒りが込み上げてきたりするが、オルカのリハをやって鎮める。最近のオルカはヌルいリハをやってゐるので、良い鎮静作用がある。新曲も演る。MIやんはまだ本調子ではないやうだが、近いうちに彼女の曲もオルカデビュウの予定。

2日(水)------------------------------------

ねこのづく最終リハ。此所に来て「ルーティンの成果」が出てきたやうに思える。演奏自体は、シビアに見ればかなりラフになってゐると思ふが、メンバーのノリがそれを上回りはじめた。良い傾向である。お客さん、いっぱい入ってくれたらいいな。

楽器卸し商の人と知り合ふ。1メートルで2万円近くするシールドを薦められる。まぁ確かに断然音は良くなるのだらうけど、ちょっと、ねぇ。ワシはやはり、イザってぇ時に替えの効かぬモノは手元に置きたくない気がする。シールドにしても弦にしても、云うては悪いが、所詮消耗品なのだし、あんまり高価なものを使うてもね・・・。

ちなみにワシはカナレのシールド(7メートルのやつ)を2本。多分、日本中、どんな田舎に行っても売ってる。さういや今日は、デカいワーミーペダルの換わりになる、コムパクトなえへくたーを注文した。何ごとも機動性を重視するわたくしであります。

3日(木)--------------------------------------

特に意識はして無いのだが、連日のリハの疲れが出てきたやうで、珍しく10:00過ぎまで寝てゐた。身体は休憩を訴えてゐる。ので、けふはヲ−キングも水泳もなし。女房に手伝ってもらって、CDの梱包作業をする。のんびりし過ぎて、レッスンに遅刻してしもうた。

けふもオルカリハ。演奏しながら『あぁしやう』とか『ここでこうしやう』とか云うて、アレンジを変えてゆく。それはそれでオモロイのだが、そろそろライヴ内容を一新出来るくらい、レパートリィを入れ替えたいな。まぁ気長にやりますか。

いくら日常的に運動をしてゐても、40に王手の男が、20代の頃と同じやうに『早喰ひ&大喰ひ』では、イクォール『肥満中年』と来るのは間違い無い、であるので、39の誕生日を過ぎた辺りから、かなり意識して食事をしてゐる。特に気を付けてゐるのが「咀嚼」で、回数を数えながら良く噛んで喰ふ。さうしてゐたら最近、エラが張ってきたやう気がする。此所の処、割と体調もよろしい。

4日(金)-------------------------------------------

さて、準備を重ねてきた「ネコノズク*バザール」のいよいよ初ライヴの日である。

椎名さんとマー坊にとって『ライヴ』といふのは初めての体験。まぁ何がライヴで何がコンサートで何がディナーショーかと問はれれば仲々説明するのが難しいのだが、ワシはかく考えてゐる。ライヴはLIVE=リヴ。生きてゐること。計算と予行演習を積み重ね、何一つ過不足ないやうにパッケージングされたコンサートの事は、さうは呼ばぬ。勿論、行き当たりばったりや、失敗やハプニングがライヴだ、と云ふ訳ではないよ。ライヴとは、反復によって築き上げたものを、ステージの上で更に上の次元へと昇華させるパフォーマンスの事だ。つまりワシにとっては、人前で演奏する事それ自体が、必ずライヴでなくてはならぬ、と云ふ事だよ。

椎名さんに迎えに来てもらって会場のJIVE入り。ワシはいつも演ってる店での事なので、特に緊張も感慨もなく、淡々と準備。ワシの新しい試みとして、けふは所謂『ドンシャリ(低音と高音を強調して中音域をカットする方法。音はクリア&ヘヴィになるのだが、輪郭がボヤけやすいのでワシは敬遠してきた音作り)』で演ってみることにした。結果、音抜けも良くPAにも好評だった。

演奏自体は、相当に荒いものだった。テンポも走りまくってゐたし、ミスも沢山あった。細かいダメ出しをすればキリが無からう。だが、ワシは少なくともあんだけ楽しさうに演奏する椎名さんもマー坊も初めて見た。唄に演奏に「必死で」立ち向かふ姿を見た。ワシも楽しんだ。そしてそれはお客さんにも伝わったやうだ。これまでワシがこの二人との演奏で浴びたのと、明らかに違う質の拍手。真摯に自分達の地平を切り開かんとする音楽家に送られる拍手だったやうに思う。けふ、このユニットは「バンド」になったのかもしれぬ。

しかし、路はこれからまだ続くのだ。此所からが、路なのだ。ネコノズクが、誰しも認める「バンド」と成るまで、否、成っても、路はまだまだ続くのである。その路を、とりあへずワシも、楽しみにしてゐる。

打ち上げはメンバーだけでまったりと。4:30まで。

5日(土)----------------------------------------

ついでに更新。2時間だけ寝てアクターズスクールのリハに行き、そのまま一日カン詰め。ので、特に書くべき事はない。

淡々とレッスンするだけで、特に発言も発案もせず、頼まれた事は大概引き受け、へらへら笑ってゐるだけの此所でのワシを、大方の人はただの木偶の坊だと思うてゐるに違いない。しかし、この木偶の坊がひとたびベースを手にし、声を発すればたちまちに・・・・・・・と考えるのは、仲々悪くない。へへへ


2週目


3月6日(日)--------------------------------

昨日に引き続き、アクターズスクールのリハで一日カン詰め。ハー、これが来週また同じ数だけあんのかよ。

仕事がハネた後、風の噂で、だうやらワシの高校時代の友人らしい人物がやってゐるといふ中華料理屋へ行ってみる。丁度晩飯時で、店は満杯。だうするべきか逡巡したが、おそるおそる覗いてみると、其処に居ったのはやはり、懐かしい親友Mその人であった。いきなり訪ねてきたワシに、向こうも相当驚いてゐた。

これがまた不思議な縁もあるもので、この店の社長は、ワシの高校時代の空手部の後輩なのである。美味い店で、あっちこっちに支店があり、某所の支店には、一時期ほぼ週イチで通いつめてゐたほど。正確にはMは店を「やってゐる」のではなく、ここで「働いて」ゐる。そして彼の上司に当たる「店長」は、その、ワシらが通ってゐた支店の従業員だった青年である。Mもいづれ自分の店を出すつもりで働いてゐるに違いない。

激忙の時間帯だったので、ロクに話は出来なんだが、電話番号を教えあって、近々の再会を約束して帰る。良い気分である。

7日(月)-------------------------------------

専門学校の卒業式。に出席した。めかし込んだ生徒達と共に、大島紬の着物を着て参加。学長と理事長の、時代錯誤甚だしい右翼思想の演説には呆れてしもうた。「有色人種」なんて言葉、久々に聞いたでよ。後で生徒に「あれどう思うよ?」と訊いた処、全員が相手にしてなかったので、まぁ安心したが、100人に1人ぐらいは、あれに感銘を受けてしまふヤツだってゐるだらう。

学校主催の謝恩会にも出席。昼間っからタダ酒、タダ飯を喰らふ。その後一旦帰宅して着替えた後、今度は生徒が主催する二次会に出席。意外なヤツがをんをん泣いてゐたりして、オモロイ。良い仲間達である。この年頃に、同じ夢を持つ仲間が周りに沢山居る、と云ふのは素晴らしい、と思ふ。勿論、そんなモノが永遠に続く筈はない訳なのだが・・・・。なんにせよ、卒業おめでとう。

たまたま店に来てゐた常連さんが、彼らの卒業の事を知り、黙って1万円をカンパして帰った、と云ふ。ナンとも粋な計らいをする御仁もゐたものであるが、さうなれば「センセイ」であるワシが何もせぬ訳にもいかんではないか。といふ訳でワシも1万円置いて、歩いて帰った。

8日(火)-------------------------------------

早めにレッスンスタヂオに行き、隠って「独弾」の練習をする。が、手が思うやうに動かぬ。声も出ぬ。よう考えたら、ねこのずくのライヴが終わって以来、ベースに手を触れておらず、当然、声も出してない。こんなことではイカンではないか。

夜はオルカ団のリハ。何か気の入って無いメンバー。ウチにしては珍しく週2のペェスでリハをしてゐるのがイカンのだらうか。

昔、このジモ・ミュージックのスタヂオで練習してゐたメンツの中に、全員では週3、ベースとドラムに限れば日曜以外は毎日練習に入ってゐるバンドがゐた。ワシの居たR&Bバンドも週3で演ってゐた。それでダレた事など一度も無かった。さういふ人等って今は居らぬのかね?。良い時代だった、と云へばそれまでだが。

9日(水)------------------------------------

此所の処、ヲ−キングのついでに、河原でディジュリドウの練習をしてゐる。今度のオルカ団のライヴで使う為ではあるが、個人的な楽しみとしても仲々にオモロイ。地鳴りのやうな低音が出るだけで音程も変わらぬこの楽器に、何故、世界中の人々がああも魅了されてしまふのか、分かる気がする。

先日、ディジュ吹きの青年と知り合いになった。彼は、数年前に某野外フェスティバルに出演した時の、ワシのソロ演奏を偶然目にしてゐて、興味を持ってくれてゐた、と云ふ。

彼は実際オーストラリアに行き、現地人がディジュを作る様などを目にしてきた。実際、ディジュは「ただの木」以外のなんでもなく、シロアリが喰ってがらんどうになった木を切り、適宜手を加えるだけの代物ださうである。吹いてみるまで何のキーで鳴るかも分からぬ、のだ。だから、同じものが一つとして無い、と云ふ処が、世界中のヒッピーを魅了するのだらうか。

なんか、今度、山に登って吹いてみたい気がしてゐる。

10日(木)-------------------------------------

スタヂオに隠って独弾の練習。来週にはいよいよツアーが始まる。

夜、オルカのリハだが、かをりが風邪で死にさうな顔をしてゐる。ので、帰らせる。こじらせて更に酷くなるのもナンだが、何より伝染されると非常によろしくない。14日の本番までにしっかり治せよ。

残りの3人で演る。この編成は初めてだな。演ってみるとこれはこれでイケる。思ったほどスカスカにならぬのだ。まぁ考えてみれば、ワシは元来独りで演ってる訳だから、これにギターとピアノが入りゃ・・・・ねぇ。でもさすがに二人とも変拍子を演ると苦しさう。アップテンポの曲より、むしろバラードの方が欠落感が大きいな。色々発見があった。しかしまぁ、日頃ワシがいかに他者(他パート)の領域まで踏み荒らして弾いてるかがよう分かる。嫌われるのも当然だらう。

一日中練習してゐたやうな気がする。ので、KOBAに寄って冷えたビールを2杯飲って、最終で帰った。

11日(金)------------------------------------

けふも独弾練習。けふは煮詰まった。ヌ〜〜〜〜。

スタヂオにディープ・パープルのLive in Japan があったので、聴いた。昔は「Madein Japan」てタイトルで2枚組アルバムだったよな。懐かしい。しかし、ノスタルジィ以上に、凄い。このテンションの高さはどうだ?。冒頭から即興の嵐。全てのパートがスタヂオ版をはるかに凌駕する勢いで暴れまくってゐる。これが72年の録音。ワシがこれを聴いたのは、小学校の時だったか?。おそらくは、初めて聴いた本格的なハードロックのレコードだった。音楽に興味を持ちはじめた、その年頃のガキがこれを聴いたら、そりゃあ、人生変わりもするわ、と思ふ。

このアルバムもさうだが、当時の実力派のバンドは、スタヂオ版とライヴ版では、ソロパートやアレンジなどが全然違うのが当たり前だった。全然違った上で、さらにスタヂオ版より凄い事をやる、って事がライヴだった。この考えは、今もワシに根付いてゐる。

しかし、旧D面を1曲のみで占めてゐた「スペース・トラッキン」の後半19分に渡る即興演奏は、さすがに当時は『一体この人達は何をやってるんだらう?』としか思えなんだなぁ。あと、『こんな長いギターソロやキーボードソロの間、ヴォーカルのイアン・ギランは何をやってゐるんだらう?』とかね。


3週目(ツアー進行


3月12日(土)--------------------------------

先週に引き続き、アクターズスクールのリハで一日スタヂオにカン詰め。生徒達が段々良いかんぢに仕上がってゆくのは、それはそれで面白かったりする。今回、別に担当してゐる訳ではない生徒の為に、1曲だけ影声を入れるのだが、だうせなら楽しくやっべ、と思い、えへくたーを色々と持って行って遊んでみた。

13日(日)-----------------------------------

アクターズスクール発表会本番。朝から夜までコンサートホールにカン詰め。ワシの生徒達の出来はけふが一番良かった。本番終了後の反省会で、来週から旅に出るので、しばらく他のセンセイに代講してもらう旨を伝える。

ケツカッチン*にて、打ち上げはパス。偶然にも同会場でミュージカルのリハーサルを演ってゐた椎名さんと落ち合い、ねこのづくのリハに行く。マー坊も椎名さんも、みんなそれぞれの仕事の後で、相当に疲れてゐる。2時間程度で終わり、まぁこの3人が集まれば必然的に「呑み」になだれ込まぬ筈はないのだが、流石に皆疲れてゐて、どうにも外出する気分にはならぬ。ので、ビールとおでんを買って来てリビングで小宴会。ワシは明日がライヴなのでちょっとだけ、のつもりだったのだが、気がついたら結構呑んでゐた。3:30帰宅。

タクシーの運転手が釣り銭を投げて返しやがった。

*ケツカッチン業界用語。同じ日に違う場所での仕事が入ってゐて、一つの現場が終わり次第、次の現場に行かねばならぬ事を云ふ。売れっ子の証明とも云えるが、これはこれで仲々ツラい。ダブルブッキングと混同する人もゐるが、こちらは単なるブッキングミスで、自己スケヂュールの把握が足りない証拠。全く自慢にはならない。

14日(月)--------------------------------------

けふは東京から、友人シンガー角辻順子ちゃんとその仲間達を迎えてのライヴ。朝の飛行機で広島入りをしてゐる彼らと連絡を取り、とりあへず挨拶の為に泊まってゐるホテルへ行く。お好み焼きにでも連れて行ってやろう、と思ってゐたが、みんな長旅に疲れてゐるやうなので、軽くお茶だけにして、一旦解散。ワシは今週末からのツアーの為のモノをあれこれ買う。

けふはオルカ団としても、MIやん産休明け初ライヴとなる大事な日なのだが、会場のJIVEに行くとかをりが真っ青な顔してうーうー云ってゐる。イムフルエンザ明けきらず、といふかんぢらしい。昨日、その話を聞き、欠員するかだうかを本人に決めさせた所、「出る」と云うた。天晴れである。ただ、産休明けのMIや、ツアー前のワシに伝染ってもナンなので、悪いがほったらかしにして、隔離しておく。

ギターのシバちゃんが腱鞘炎で出演を辞退。独りで「Gressive3/8」を名乗って演った空城のシヴァがトップバッター。2番手の順子ちゃん達には好きなだけ演ってもらったが、まだこのメンバーでは日が浅いらしく、リハでも苦労してゐた。本番は伸び伸び演ってるやうに見えたが、本人らは不服さうである。

さて、久しぶりのライヴとなるオルカ団。けふはメンバーに『打ち合わせにない事を演るけぇ』とだけ告げ、いきなり即興を始めた。今のメンバーには、これについて来るセンスと度胸がある。それが上手い具合に働いた。レパートリィは演り慣れたものばかりだったが、何処でどう変化するか分からぬ緊張感がステージに張り詰め、近年ベストのオルカ団だった。

このやうに、回ごとにアレンジを変えたり、即興を取り入れたりする事は、人によっては全然意味のない事なのだらう。しかし、ワシにとっての音楽とは、ただ楽しいだけのモノで終わるものではない。自分の興味へのベクトルが、誰に対してどう発現されてゆくかを、自分に問うものでなくてはならぬ。バンドでもソロでも、その姿勢は変わらない。云うなれば観客もメンバーも、ワシにとっては同じもの、「他者」であり「仲間」である。

勿論、それを楽しむ事がモティベーションとしての大部分を占めてゐる事は確かだが。

オルカの演目は、Returnning/エトランジェ/とりあたまたこあたま/ペンギンカフェで逢いませう/彼岸へ/美唄。アンコールに順子ちゃんを交えて丘にのぼる時、で1時間。打ち合わせミスで全員でのセッションが出来なんだのは、ワシの責任です。

打ち上げは、D店で3:00まで。順子バンドのメンバーで、ワシとも交流のあるチェロ奏者の星衛さんは、明日の始発の飛行機で東京に帰り、午前10:00には出社、とのこと。明日は朝からライヴなので早めに失礼させてもらうつもりだったが、それを聞いたらそんな事は云うてられぬやうになった。ので、最後まで。

15日(火)--------------------------------------

朝10:00には椎名さんと車に乗ってゐて、けふは佐伯&椎名夫妻の息子の在籍する市立三篠小学校でネコノズクの特別ライヴ。

よくある、授業としての「芸術観賞会」よりも少し碎けた、まぁホンマもんのライヴを見ませう、といふ企画らしい。特別に『子供向け』といふ事を演る必要もない、とのこと。恐らくは自分らのあまり知らぬ、息子の生活圏の中でのライヴは、佐伯&椎名夫妻にとっては、感慨深いものだらう、と思う。部外者のワシは、どーなることやら、と思いながら小学3年生60余名を前に、ライヴが始まる。

担任のS先生の日頃の教育方針のせいか、えらく『音楽慣れ』した子供達で、知ってる曲を演ると唄うわ踊るわ。約1時間半、凄くいいかんぢに反応してくれて、オモロイライヴだった。ワシのソロコーナーで「バホ・アラビアータ」を演ったのだが、此所で手拍子が起きた。色んな所で演ったが、初めてかもしれぬ。

特筆すべきは、この日、S先生とマー坊の提案で、ライヴの後片付け(PA機材の撤収)を子供らに手伝わせた事だ。初めて見たバンドのライヴに興味津々だった子供らは、我も我もと率先して手伝ってくれ、機材の搬出がいつもの半分くらいの時間で片付いた。

ライヴを終えてもまだ午後3:00。ワシはまたまたケツカッチンだが、佐伯家で軽くお茶をしてゐると、息子が学校から帰って来た。この時、この親子3人の間に、いつもとはひと味違う「親子感」を感じたのは、子供の居らぬワシの錯覚だらうか?。

自分の両親と、良く知ってゐる変わったおぢさんが、自分の生活圏で見せた姿に、彼は何を感じただらうか?。けふといふ日が、彼にとって、ホンの少しでも、誇らしい気分であった事を願いたい。

16日(水)--------------------------------------

ヌ〜、流石にライヴと深夜までの酒(昨日はまっすぐ帰ったよ)が連日続くとしんどいな。なんかシャっとせぬので、10:00にはプールに行き、漂うやうにゆっくりと1キロぐらい泳ぐ。少しシャっとした。ユニクロに寄り、靴下を4セット買う。

さて、いよいよ明日から長期ツアーがスタートするのだが、今回は、途中で一度広島に帰るので、あんまり気負いがない。演目も構成も未定で、何時の新幹線に乗るのかも決めておらぬ。ただ、九州、山口、大阪、名古屋はソロだからなんとかなるだらうが、後半の東京は、公開録画や初顔合わせのセッションなどがあり、あんまりのんびり構えてもおれぬのだが・・・・。


ツアー前半戦(九州〜山口、そして広島



翌月