2009年夏 九州ソロツアー日記


7月30日(木)北九州折尾デルソル

今回の旅はバス移動が多い。上手くタイムスケヂュールが組めれば、JRでの移動より安上がりなのだ。まづは小倉までバスで。約4時間で着く。

小倉駅で今回久々の共演となるエッグスのギタリスト、タマオこと野田玉青と合流。お馴染みのテーさん宅に向かふ。これまたお馴染みのナオエもやってきてリハ開始。なんと7年ぶりのエッグス復活(このバンドはワシがツアーをやり始めた頃(2001年頃)、山口〜九州の拠点として参加してゐた遠距離ユニット)。いや〜やっぱグルーヴするなぁこの4人。

小1時間ほどリハ&打ち合わせして、会場へ。ここももうお馴染みとなった折尾デルソル。

ワシのソロは約1時間。「あやかし」からスタートし、「京子と行った最後のナタリ−」で終わる、といふたいへん珍しいラインナップでやってみた。「夜の駱駝」を外し「夜明けの海ごっこ」を演る。ループマシンのタネ明かしもやる。お客さんは満員。たいへん好評を持って受け入れられ、CDも良く売れる。

出発前、かなりライヴに対してナーヴァスになってゐて、それを払拭せん、と珍しく直前までスタヂヲ練習などしたが、けふを終えた限りでは、それが上手く効を奏してゐるやうだ。いや、まだまだ侮ることなかれ。旅は始まったばかりだ。

テーさんと深夜営業のうどん屋に行き、じゃこ天うどんを喰ふ。九州は揚げものが美味い。


7月31日(金)久留米サンライズカフェ

テーさんち名物、手作りパンを頂き、出発まで息子二人を連れて行楽に付き合う。八幡「いのちのたび博物館」。これが子供らよりワシが夢中になるやうな自然史の資料の宝庫。実寸大の恐竜化石や剥製など、童心に戻って愉しむ今年44歳。

さて、昼過ぎテーさんと子供らに見送られ、JRで久留米へ。

けふの会場サンライズカフェは旅音楽仲間TAKEの紹介。JR久留米駅よりも西鉄久留米駅の方が近いのだが、まぁこれもまた良し、とJR久留米駅から約30分歩く。ラッキーな事にタマタマ予約したホテルから、目の鼻の先に会場があった。先にチェックインしてシャワーを浴び、さっぱりして会場入り。

けふはワシの他は、タケのクリッパーズ、同じく唄旅仲間SHIBAのアシカラズ、と、地元R&Bバンド、の4組。ワシがトップバッター。昨日と同じく「あやかし」から始め、ラストに「丘にのぼる時」を持って来る30分パタン。良い出来。声もベースもほぼ狙い通りに操れる。凄い真剣に聴いてくれる満員のお客さんで、初めての久留米の地なれど、昨日に引き続きCDよぅ売れる。

あとは後続のバンドを見ながらビール飲みながら。色んな人に話しかけてもらひ、しばし交流。仲々鋭いところを突っ込んで来てくれる初老の男性がゐたな。

終演後はシバに美味い久留米ラーメンの店に連れてってもらふ。タケにせよシバにせよ、お互いの地元でない土地で、当たり前のやうに一緒に飯を喰ってゐる不思議に、改めて深く推考す。


8月1日(土)熊本フードパル熊本内ビューライフガーデン

ホテルが無料朝食付き、といふことで、そらありがたいと食堂に行く。一瞬、食べ残しが置いてあるのか、と思ったほどのちっっっちゃいおかずが3品、に味噌汁とご飯。まぁこれでも充分にありがたいサービスではある。消しゴムのサイズくらいのシャケでご飯2杯を喰ふ。

また駅まで30分歩く。途中コインランドリィがあったので、けふまでの衣類を洗濯。蝉が鳴き叫ぶ公園で読書しつつ昼まで過ごす。駅前の食堂で昼飯を喰ひ、熊本に出発。対面席式ワンマンカーで約2時間。西里といふ駅で、今回の熊本ライヴのオーガナイザー、なゆたさんと合流。

けふのライヴはなゆたさんの主催する、焼肉ガーデンパーティーのゲスト、のやうな扱い。音楽と野外活動が好きな20数人のお仲間が集まってバーベQ。ワシも肉だのビールだの頂き、久しぶりの「顎をしっかり動かす食事」。さういやこの旅に出て麺類ばっか喰ってるな。

ライヴは地元の若手シンガーソングライターひろ君に引き続き。夜の公園にえせニックヴォイスが響き渡る様はなかなかのモノだった。けふのラインナップは割と派手目に。子供が沢山ゐたので「忘れないで」も演った。アンコールでは「ワンダフルワールド」を。

終演後もしばしお客さん達と語り合ふ。昨年も思ったが、やはり熊本は美人率の高い街のやうだ。それと、昼になゆたさんに連れてってもらった珈琲屋でもさうだったが、熊本の男性は、なにかとても落ち着いた紳士が多いやうに思ふ。オーディオへの愛情を静かに語るマスターが印象的だった。ライヴ後も、我を張るでもなく静かに好きな事を語る人が多かった。ふぅむ。

タクシーを呼んでもらって熊本市内へ。初めて使ふ『個室カプセル』なるモノ。普通は就寝空間しかプライヴェートのないのがカプセルホテルなのだが、これはアコーディヲンカーテンで仕切られた一角と、それに附随するデスクと寝台含めたものまでを、個人の部屋として使える、といふもの。要するにインターネットカフェの個室にベッドが付いてるやうなもんだ。なかなか良い。


8月2日(日)移動日

この好ましいホテルはまた、チェックアウトが11:00で良い、といふ素晴らしさ。午前中のほとんどを個室でのんびり過ごせる幸せ。

一人旅もだいぶ慣れて来たし、予約したバスの発車までには、まだかなりの時間もある。てことで珍しく観光。熊本城とその周りをぶらぶらと。美人多し。

今回、雨が長引く事を懸念して、全ての機材と着替えを一個の防水スーツケースに収めるパッキンをした。雨は恐れてゐた程ではなかったが、結果的にこのオールインワン方式は大正解。機動性に優れ、何処に行くにもちゃっちゃと行動できた。今後ツアーはこれで行こう。

昼過ぎのバスで宮崎へ向けて出発。約4時間で都城へ。

この地のオーガナイザー、スティック奏者のデリック・ダレンジャーと合流。デリック、奥方のヒロコさんとなにやらモメてゐる模様。聞けば明日のライヴの段取りが、まったく出来てない、といふ。会場を確保して後、お店との接触を一切してないらしいのだ。地元のバンドが一緒に出てくれる、と聞いてゐたので集客もなんとなく安心してゐたが、それも結局ナシらしひ。

最後の最後でビッグ・プロブレムがあった!。

慌てて先方に電話。開口一番『明日どうするんですか?』と訊かれ、大慌てで説明。よく聞けば、日頃からライヴを演ってるお店ではなく、その都度ステージを組み音響設備を入れ、といふスタイルのやうなのだ。何の機材が必要かも分からず、さらに誰が何人出て、何を演り幾ら取るのか、まったく分からず、店側からも宣伝のしようがなかった、とか。

デリックに詰め寄ると、『客を呼んで企画するのは店の仕事。おれの仕事は演奏する事だけだ』と逆ギレ(笑)。

既に遅過ぎの感あれど、可能な限りの知り合いに連絡を取り、集客に協力してもらふ。さーどーなることやら。


8月3日(月)宮崎都城チャールストン

ヒロコさんはゆんべ遅くまで友達に電話をかけまくってくれてゐたやうだ。ワシにはもう打つ手はなく、ただ幸運を祈るのみ。

どんな時にも慌てない誇り高きイギリス人デリック。彼は『練習がある』と部屋に篭ってしまった。ワシはヒロコさんとその御両親に同席して、高千穂牧場などを観光。気持ちの良い天気で、高原の風が素晴らしい。かういふ場所でも音が出せたらなぁ。

けふはデリックと一緒にセッションするので、少しだけそれをリハし、夕刻、会場へ。

会場に着くと、ビールケースとラス板でステージを組み、PA接続など音響設備もイチから組み上げてくれてゐる。これは確かになんも聞いてなかったら準備出来ない。頼むぜデリック。ワシはもう音が出て、バランスが取れたらそれで良いから、と全面的にお任せ。

誇り高きデリックはこの期に及んで『音が悪い』『おれの機材を使え』とマイペース。地元であんまり仕事がない、との事だが、なるほどこのやり方では日本で仕事をするのは難しいだらう。それを云ふと『日本の音楽ビジネスはおかしい』といふ。まぁ・・・・・、さぅなんだけど、ね・・・・・。

本番は、ヒロコさんの友人や新聞配達員のおぢさんなど、なんとか8人は駆け付けてくれた。お店へのお詫びと、駆け付けてくれたお客さんへの感謝を込めて演った。が、まったくウケない。出来そのものは昨日までと全然変わらぬ。悪くないソロだったと思ふ。が、まったくウケない。

『今晩わ、梶山シュウです。広島から来ました。ゆっくり楽しんでください』と云ってもシワブキひとつ起こらない。なんだ?これは。

最後にデリックとデュオ。レコーディングでは何曲か一緒に演ったが、ライヴでジョイントするのは初めて。だが、なんら問題なく素晴らしいセッションが出来た。デリックよ、日本では「礼節」と「技術」が高く同居して当たり前なんだぜ。

終演後、少しその辺を突っ込んでデリックと語る。

彼の言い分も分からんでもない。文化が熟成したヨーロッパでは、芸術家は尊敬され、その内容さえ素晴らしければ、それに相応しい対価を得る事が出来る。げんに彼はこれまでさうやって暮らして来た訳だ。

でも、ここは日本だ。

ちゃんと英語が喋れたら、彼にこう云ってあげたいのだ。

我を押し通さずとも、渉れる川はある

異文化の地で芸術を紡ぐ友人、デリック・ダレンジャー。かれの未来が幸多からむ事を祈ってやまない。


8月4日(火)帰広

起きて、さらにデリックと語る。

前の時は、まだそれほどの面識もなく、向こうも心得てゐたのか、思ったより言葉の壁を感じなんだが、今回はデリックも打ち解け、ネイティヴに話すやうに話して来る。さうなるとやっぱりほとんど聞き取れない。所々に分かる単語を頼りに無理矢理コミュニケーションを成立させるしかない。

しかし、昨日デリックと一緒に演ったセッションは、最高だった。彼は、「昨日みたいな感じでツアーを回りたい。日本だけぢゃなく、ヨーロッパやアメリカも」と云ふ。そして「それには腕の良いプロモーターが要る」と。たしかに、昨日のあれが出来るのであれば、ワシもあなたと一緒に音を出す事は厭わない。

どうか次に会う時まで、挫けずにこの国の中で頑張ってゐてもらひたい。

昼前、デリックとヒロコさんに見送られ、駅へ。

海側の席に座って、づっと外を見てゐた。

今年もまづひとつ、夏のツアーが終わろうとしてゐた。


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