July


1週目


7月1日(木)-------------------------------------------

7月になっちまった。そろそろでらしね東京ツアーの準備を進めねば。音資料をまとめ、ゲンタさんに速達で送る。今回、あのかさばる2コのえへくたーボードを宅急便で送るといふテを考えてゐる。そのぐらいの贅沢、してもよからう。

久々に椎名まさ子女史から電話。この頃お見限りだったのだが、やはりかなり仕事が立て込んでゐたらしい。ダンナである佐伯優はPCをクラッシュさせたかなんかで、色々大変だった御様子。『こんな事をシュウに話したら<デヂタルに頼って仕事しとるけぇそんな事になるんぢゃ>と絶対云われる』と云ってゐるとか。へへへ。近々、とりあへず夫婦同士で飲みに行かうといふハナシ。

晩飯はKOBAで大盛りスパゲティを。チャリで出てきてゐたので、遠慮なくビールも飲む。この土曜日にワシも出演する、アムネスティ広島主催のチャリティコンサートに、マスターのBomくんも出演するとか。店に置いてある何種類かのフリーペーパーを持って帰る。かういふの見ると世間は興味に満ちあふれてゐるやうに思えるのだが。

2日(金)----------------------------------------------

専門学校の授業が定着して来て、圧倒的に時間が足りぬ。今までは午前中のちょっとした時間を創作や企画に当てる事が出来たのだが。せっかく会員になったジムもこの頃週に1回行ければいい方である。やれやれ。

専門学校の帰り、赤子グッズ専門店に寄る。カシラこと小林一彦の所に嫡男が生まれたので、祝いを何か贈らうとするが、はっきり言って世界で一番興味のない分野である。しばらく眺めてゐたが、何を選べばよいのかさっぱり分からぬ。諦めて本人に電話をして、何が欲しいか訊く。奥方のオタマちゃんのリクエストに答え、新生児用の肌着を何点か。

そのカシラ宅に初めて遊びに行く。なかなか瀟洒なマンション。彼が製作に携わった格闘技「新体育道」のビデヲを見せてもらう。彼がことあるごとにその有効性と先進性を口にするが、見て納得。凄い格闘術である。技の一つ一つが徹底的に合理的に練り上げられてゐる。シムプルで、怖い技。なるほど入門者も増えるはずだ。ワシも五体満足の身なら入門したいところだが、総師範の演武の足運びを見たら、今のワシの足では不可能。

明日は、アムネスティインターナショナルのチャリティコンサートに出演する事になってゐるのだが、なんか雨降りさう。確かあの会場って屋根無かっ


2週目


7月3日(土)-------------------------------------------

朝、フと思い立ち、チャリで30分ぐらい走る。退院してづっと『立ち漕ぎ』といふやつが出来なかったのだが、恐る恐るやってみたところ、少しではあるが膝に力を入れる事ができるやうになってゐる。すこ〜〜〜しづつではあるが、治って来てゐるのだ。

昼過ぎにライヴ会場へ出発。けふはアムネスティインターナショナル主催のチャリティコンサートに「独弾」で出場する。バイクの荷台にえへくたー機材一式を積んでみる。これが無理ではない事が発覚。まぁかなり念入りに縛り付けんとイカンのは確かだが、これで市内一円のちょっとした所ならバイクで会場入りできる事が分かった。これは機動面では大きなステップですぜ。

会場は「アリスガーデン」と云ふ野外広場。予定時間の40分前に会場に着いたが、既にワシの1コ前の出演者が演ってゐた。パーカスのツンちゃんが、弟子のマクウチエミ嬢を連れて来てゐて、『飛び入りさしてくれや』と云ふ。おぉ、そらエエわ、と快諾して、急遽ベース&パーカス×2のトリオでステージに上がる。主催のひとりがジェイミーといふ外国人の為か、広島在住の外国人のほとんどが集まって来てゐるといふかんぢだった。えせニックヴォイスは彼らにも好評なのだ。30分で3曲のステージ。ちょいとシクったかな?と思ったのは、せっかくツンちゃんらが参加してくれたんだから、もっとフリーに演った方がよかったかも・・・。

いや、しかし暑かった!。週刊天気予報では週末に天候が崩れるといふ事だったが、いざ蓋を開けてみると、ピーカンでしかも今年の最高気温を更新する暑い一日だった。他の出演者はそのまま広場で飲みになだれ込んでゐたやうだが、ワシはアクターズスクールのレッスンへ。この半日だけでペットボトルの茶6本+ビール1本、シメて4リットルの水分が胃の腑に収まる。

4日(日)------------------------------------------

教会の主日礼拝に参加。そのまま久々のツーリングに出かける。これと言った目的地もなく、これまで向かった事がない方向へ適当にバイクを走らせる。そのうちなにやら物凄いところに差し掛かってしまう。辛うじて鋪装されてゐる路面はしかし、びっしりと苔に覆われ、あたりの光景も『もののけ姫』の世界。いまにも乙事主やモロの君が出て来さうな風景。樹齢100年は下らぬと思える巨木や、苔に覆われて巨大なマリモにも見えるほどの巨岩、名もない滝壷、夜のやうに暗く空を覆い隠す樹木のトンネル、打ち捨てられて相当経ってゐると思われる廃屋、進んでも進んでも続く石だらけの舗装路。

最後に車と出会ってから1時間は走ったか?。日がほとんど射し込まぬ樹海の道。片側は苔むす岸壁、片側は底知れぬ谷川である。人の気配もまったく無い。さすがに恐ろしくなって来た頃、舗装路が途切れ、そこからは未舗装の林道がさらに奥へ続いてゐる。オフロードバイクならまだしも、ビッグスクーターではこれ以上進むのは無理か。引き返す。後で調べたらそのまま森に消えてしまう道だった。

ふいにお地蔵さんと出会う。こんな人里離れた山奥に設置されたお地蔵さんに、だれが手向けるのかお供物がしてある。先ほどキリストの礼拝に参加して来た身ではあるが、かういふ時は迷わぬ。ヘルメットを脱ぎ、両手を合わせる。「お騒がせしました」。

短かったが、良いツーリングだった。

5日(月)----------------------------------------

台風の関係か、よい風が吹く。ウチはエアコンの無い家庭なので、かういふ風はありがたい。しかし7月のアタマでこの暑さ。5階立ての5階のこの部屋、夏本番が思い遣られる。一昨年だったか、たまりかねてベランダで寝たこともあったな。

個人練習しやうとスタヂオ「ジモ」に行くと、友人の染織家井岡由行がゐた。去年ヴァヌアツ共和国へ、2ヶ月に渡る絵の旅に出かけた時の話を聞く。絵を見せてもらうと、ヴァヌアツに行く前、想像で描いたヴァヌアツの絵と、帰って来てからのそれが、明らかに色彩の質が違ってゐる。やっぱり現地で見る、と云ふは大切なことなのだ。しかし本人曰く『でも、こっち(行く前に描いた絵)の方が評判がええんですよ』。リアリズムとコマーシャリズムの接点の難しいところ。

1点、素晴らしくワシの感性とマッチングする絵があり、これをソロアルバムのジャケットに使わせてもらう事にした。良いアルバムを作らねばならぬ。

6日(火)-----------------------------------------

今週金曜日から始めるソロアルバムのオペレーションを頼んでゐる数井政彦とレコーディングについて協議。まだ何を録るか決めてへん。カズイはカズイで色々考えてくれてゐるらしく、『他では聴けぬベースの音を録りたい』と云ふ。その気持ちに答えるべく、今回はいわゆる「ベース」パートには、フラットワウンドを張ったアク−スティックベースギターをナマで使ってみる事にした。

夜、本屋をうろついてゐると椎名まさ子さんから電話。何故か彼女から電話がある時には、大抵本屋にゐる。

7日(水)-----------------------------------------

けふオープンしたかをり(とそのダンナ)の店に開店祝いを持って参上。酒を飲まぬやつへの贈り物は難しい。仲々小奇麗な店である。が、本人達も云ってるやうに、何の店かよう分からん。雑貨屋には違いないのだらうが・・・・。結構通行人がのぞきに来るものだ。ワシのやうな風体のモノがうろうろしてゐては営業妨害なので、早めに退散。

先週、電源のコードを忘れ、自分が銀河系規模の阿呆である事を露見した、生徒の唄のレコーディングを、けふこそやる。問題は唄う本人。まぁ1時間で納得行くものが録れれば誉めてやらうと思ってゐたが、やはり無理だったやうだ。5テイクまで録ったところでタイムアウト。どーだ、唄う事の難しさが分かったろ〜が?。2週間猶予を与え、またトライする。

8日(木)------------------------------------------

女房が休みだったので、ふたりで総菜屋で昼メシ。肉魚を一切摂らぬ精進料理でメニュゥを組み立ててみる。これが仲々あなどれぬ。

午後からはカリンバ造りに専念。東急ハンヅで売ってゐた「民族楽器組立キット¥1500」と云ふやつ。オルカのMIやんがこれで仲々のモノを作ってゐたので、ワシも。意外にかういふのが苦手なので、用心してじっくり取り組む。1時間ぐらいでなんとか出来上がった。キーはD。作りは至極単純。仕組みが分かれば簡単に応用できる。色んな材で色んなカリンバを作ってみやうかな。ベースカリンバとかね。

9日(金)-------------------------------------------

日中の仕事を終えた後、カズイが仕切ってゐるRui's スタヂオといふところで、ソロアルバムのレコーディングを開始する。正直、まだ具体的になにを録音するか決めてないのだが、まぁ演りはじめてみる。歌詞もその場で書いて、といふかんぢ。

ソロの音を録る以上、オルカ団のサウンドとは違ったものにせぬと意味はない。しかし、ライヴの独弾でやってるやうな、ベースのソロをCDでまで聴かせるのもだうかとおもふ。少なくともワシはさういふのは聴きたくない。かといってポップな唄ものをやると、作るのも唄うのもワシなので、結局はオルカと似たやうなモノになってしまふ。今はオルカがアクースティックだからなのだ。ヌ〜〜〜。

1作目「てにをは」はまだオルカがばりばりにエレクトリック形態だったので、アクースティックな方向で少しディープにすれば、それなりに違ったものが出来たのだ。ヌ〜〜〜〜。

まぁ結局あんまり深く考えぬやうにして録り始める。

作ったばかりのカリンバや、96年にインドで買って来たシタールなどが活躍する。ベースはアクースティックをマイクで拾う。ギターもナマ音。これらのアクースティック楽器とアンビエントな所を融合させてみるか、って誰に云ってるのだ?。

2曲はなんとかほぼ完成に漕ぎ着けた。pm5:00から11:00まで。相変わらず全ての楽器を自分ひとりで演奏するワンマンスタイル。ジェンベの叩き過ぎで手が痛い。サ−、次は何を録らうかな?。


3週目


7月10日(土)-------------------------------------------

TVでモスバーガーの夏期限定商品のCMを見て、そのあまりの『美味そう』さに居てもたっても居られず、モスへ行く。ナンカレーチョリソ。ワシの好きなものが3ツも一緒になってゐる。夏の三位一体!!くむぅ。帰り道、ユニクロでドライパンツを買う。

アクターズスクールのレッスンにはチャリで行く。会場の近くに、えらいべっぴんのセーラー服の娘がおり、半ば見とれてゐたら向こうから挨拶。アクターズの生徒だった。あぶねぃあぶねぃ。

11日(日)-----------------------------------------------

選挙なるモノに、おそらくは生まれて初めて行く。これまでどんな人に諭されやうが行かぬかったが、今回は文句が云いたいので行く事にした。誰かが云ってるやうに、選挙に行かぬものに世の中を憂う資格などない。したがってワシは比較的政治には無関心無関係を通して来たが、まぁこれほどまでにバカと厚顔に支配された「政治家」といふ美味しいネタどもを、ほっておく手もないだらう、と。

で、会場入り口で早速見つけたバカひとり。小学生ぐらいの息子に、元広島東洋カープ監督立候補者を指して『広島の人間はみんなこの人に入れにゃいけんのんぢゃ』と熱弁を振るってゐる、結構若いおやぢ。まぁかういふ手合いがゐる以上、政治が変わる訳ぁないし、世の中も変わらんとは思ふがね。

金曜日に引き続き、ソロアルバムのレコーディング。ワシは『今日できる事は今日のうちに』、『明日できる事は今日はやらぬ』、『出来なくてもとりあへずやる』を信条にしてゐる人間で、どんな事であれ、思い悩んだり、考え込んだりはせぬのだが、今回このレコーディングで初めて、このテのものに煮詰まってゐる。欲を出すからだらうか?。なんにせよ、このレコーディング自体の本質を、問い直さねばならぬやうだ。

12日(月)---------------------------------------------

身近な人間に結核の陽性反応が出た人間が出たので、規定に基づき検査を受けねばならぬらしい。ので、行った市の保険検査機構。これがどこの窓口に行っても『ここではない、あっちだ』、あっちに行けば『ここではない、そこだ』、やっとその部屋らしきところへ辿り着いてみれば、其処には誰も居らず『何所其処の窓口に来い』と書いてあり、その窓口に行くと『部屋へ行け』と云われ、ついにキレたワシは「おいおい君たち、私をどれだけたらい回しにすれば気がすむのかね?。いかに温厚な私と云えども、そろそろ堪忍袋の尾が切れかかってゐるよ」と云うやうな意味のコトを、これよりは少しハードな口調で云ってやった。

ほんたうに役場と云ふところは、現代社会のムダを凝縮した場所であるな。

夜はFar east lounge のライヴ。少し上滑りだったやうな気がするライヴ。それに気付かぬならカシラもヤバいが、と思ってゐたところ、彼のサイトに『けふのライヴは課題が見えた』のやうなコトを書いてあった。まぁ本人にはことあるごとに云ってゐるのだが、唄の内容のことを、演る前にいちいち説明するのだけはやめた方が良い。それは音楽でやる事ではない。しかしこの男はワシの云うことを聞かんのだ。

13日(火)----------------------------------------------

なんか最近、火曜日のこの慌ただしさがイヤになって来た。東京ツアーの内容も決まり、慌ただしさに拍車をかける。今回、正直キツい。

14日(水)----------------------------------------------

朝から体調が優れず、ジムに行くのをやめておく。譜面書き、アレンジ、ダビング作業。暑い。電話鳴る鳴る。9月の結構でかいイベントに出演する件について、内容の決定を迫られる。内容?、まだ2ヶ月も先ぢゃないか。他のミュージシャンはそんな先のコトを、もうこの時期から決めれるのだらうか?。それともただ単にワシがスローペースなのか?。

昼からBobby'sのリハ。来週アタマに四国は松山へのツアーが決まってゐる。じゃんけんで(負けて)運転手がワシに決定する。ホ−、自分の運転する車で瀬戸大橋を渡るのは初めてだな。来週末にはオルカ団でもツアー。旅烏である。

夜は女房とラーメン。豚骨こってりにんにくたっぷり。休肝日といふことにして、アルコール類摂取せず。

15日(木)---------------------------------------------

先だって市の保険機関でモメた原因となった某O氏の見舞いに、シンガーのトダミチと行く。思ったより、といふか全然元気さうで安心する。このヒト、日頃からさうなのだが、ここでも看護婦さん達をばんばん仕切ってゐる。人を仕切り馴れてゐる人間といふはかういふものらしい。トダミチ曰く『あぁ云うのってアリなん?』。ワシ『いや、立派な不良患者ぢゃろう』。

レッスンがえらい早く終わってしまったので、夕暮れの街をぶらぶらしてゐた。すると何やら怪しい屋台のやうな店に、スティック奏者のラムジーが座ってゐる。噂には聞いてゐた、在広のイギリス人がやってる『ポテト料理の専門屋台』。メシは喰った後だったのでビールだけ飲む。ラムジーは日本語ペラペラだが、ここの店長はカタコトの日本語。ワシはヒアリングが全然ダメで、ほとんど何云ってるのか分からぬ。構わず日本語で喋る。英語ねぇ。

その後オルカのリハ。先述の9月のイベントはオルカで出ることにした。喜ぶメンバー達。最近、ちょっとソロで演る事に肉体的にも精神的にも疲れてゐるみたい。夜中、少し吐く。

16日(金)---------------------------------------------

ゆんべ吐いたりして、暑いのとダブルで熟睡できなんだ為か、朝イチから既にくたびれてゐる。専門学校。夏休みまであともう少し。夏休みに入れば週休3日だ。もうひと踏ん張り。

夜、久しぶりにウチにゐて、全日本女子バレーを観る。ヌ〜〜大友愛!。エエなぁ・・。アタックが決まって無邪気に喜ぶ顔がエエ。

どっかのメディアが『ジャニーズ起用でバレー人気復活』とかいふ訳の分からん記事を書いてゐた。この試合の何所を観てそのやうな世迷い事が言えるのか謎である。

こんな魅力的な集団は他に居らぬ。大友愛をはじめ、19歳コンビ、世界最小のセッター、元ヤン風姐御、元アタッカーのリベロ、独りだけ目に炎が映ってる最年長キャプテンetc・・・・・・。それらをクールに采配する名監督。ひとりひとりがそのままドラマに使えさうなキャラの立ち方である。それがまた強いと来た訳だ。人気が出てアタリマエだらう。

あんな死んだ魚のやうな目をした少年アイドルが何人集まっても適いはせぬ。逆に彼らの卑小さを際立たせるだけである。まぁ他に仕事がないんだらうけどね・・・。子供相手に子供を売る商売は大変だね。


4週目


7月17日(土)-------------------------------------------

アー暑い。クーラーのない我が家は、毎年この時期になると、冷凍庫で凍らせた保冷剤を抱いて寝る、といふことになる。扇風機以外の涼を取る手段はこれだけである。結婚してそろそろ10年になるが、なんとかこれでやって来た。しかし暑いこたァ暑い、てかシャレにならぬくらい暑いのだよ、ウチは。何度も言うが、これは単なる異常気象ではないと思う。地球温暖化がいよいよ具体的な形を伴いはじめたのだ!。

夜、mejiri のライヴを観に、久しぶりに客としてJIVEに行く。対バンに知人が出演してゐる。なんかファンキー系のをやってゐたが、唄の娘の視線が泳いでゐて、観てる方が気が散る。意外にこれ多いのだが、客の顔を見やうとでも思ってゐるのだらうか?。

さてmejiri である。以前、元弟子のバリホが参加してゐた頃に観たことがあるが、当時はスタイリッシュなジャズファンクを演らうとしてる割に、バランスが取れてなくて、ちぐはぐなバンドやな、と思った。ヴォーカルの存在感が光ってただけに、そのちぐはぐさはぢつに痛かった。久しぶりに観た彼らは、かなり良いかんぢだった。バンドとしてしっかりまとまった気がする。ギターが居ない方がロックを感じさせる。『最近サックスが抜けた』といふ事だったが、別に居なくてもいいんぢゃないか?。

18日(日)--------------------------------------------

Bobby's 松山ツアー。何故松山かと云ふと、ボビーさんの郷里が松山だから、と云ふハナシ。まぁ里帰りツアーね。車2台に分乗して、しまなみ海道へ。ここでボビーさんがメンバー全員の譜面を忘れて来た、と云ふ事態が発覚。前回のライヴではマナブがドラムのスティックを忘れて来る、といふ事があった。思わずベースのケースを捜すワシ。ちゃんとある。取りに帰る組を本土に残して、先に四国入りする。

瀬戸大橋を観る度に思ふが、ようもこんだけのものを作ったものよ。まぁこれに投入された税金とか、その後の採算の不足とか、ネガティヴな要素は多々あるものの、あまりに巨大なモノは、時に善し悪しを越えて感動を呼ぶものである。

訪れてみて初めて知った、意外に大都会の松山市内はMoon glow といふジャズカフェがけふの舞台。かう云ってはナンだが、いかにも先時代風のスノッビィな雰囲気の店である。例えば広島のJIVEのやうな気安い雰囲気は全然ない。ボビーさんの同窓生を筆頭に、超満員の観客だったが、ライヴはまァあんなもんだらう。ステージは狭いは、音は悪いわ、会場は暑いわで、何やッてんのか分からんままに終わった。まぁ誰独り知り合いは居らんわ、自分の音楽ではないわで、気は楽。

打ち上げでは、ギターのキッドさん、ドラムスのマナブと音楽談義。このユニット、意外にみんな真面目なのである。

『ジャズもロックも演歌も僕にとってはただの音楽。その中での自分はギターと云ふ楽器の媒体。自分の音楽を作る気も、他人と違う表現をする気もない。ひとは色々云うけど、僕はそれに至極満足して30年演ってきて、これからもさうだらう。野望もない。ギャラが発生する限り、どんな音楽にも全力で取り組むだけ。カネに成らぬことをやるのはプロではない。』とキッドさん。

『カネに成るかならぬかは二の次。面白いことであればそれを演る。重要なのはそれをライヴの現場で演る事。オモロない事を演れるモチベーションはギャラ。今の所、オモロない事をやって稼いだカネを、オモロイものに使う、と云ふやり方でやれてゐる。オモロイ事は人生一つで充分。いつかは破綻するかも知れんが、のたれ死にの覚悟、演りたい音楽と心中する覚悟は出来てゐる』とワシ。

『ボクはどっちにもそこまで割り切れない!』とマナブ。ミュージシャンと云えども十人十色である。

ちなみにボビーさんは同級生との談笑に夢中。かくして松山の夜は更けてゆくのであった。

19日(月)-------------------------------------------

このユニットはまた、マナブを除いて全員朝が早い。am8:00には揃ってレストランにゐて、モーニングを喰ってゐる。道後温泉に浸かり、昼前に松山港を出発するフェリーで広島へ。宿を提供してくれた上に、手料理などでもてなしてくれ、お土産まで持たせてくれたボビーさんのお姉さんに多謝。ありがとうございました。

3:00には広島に着き、マナブはリハーサルへ、キッドさんはレッスンへ、ボビーさんはうどんの仕込みへ、ワシはオルカ団のレコーディングへ、それぞれ散ってゆく。けふはオルカの他のメンバーがスタジヲに入って、色々やってくれてゐたのだ。独りで演ってだうもしっくり来なかった「美唄」や、今一つパンチに欠けてゐた「しらぬひ」などがとても良くなってゐた。ので、このアルバムをワシのソロではなく、オルカ団の名義で発表する事にした。

ワシの要求通りにコーラスを加え、器用にリコーダーを操り、ピアノを弾くMIに、カズイが感心してゐる。「この娘、なに屋?」。

20日(火)--------------------------------------------

暑くて眠れぬ。昨日泊まったボビーさんの実家は旧日本家屋で、縁側があり、天井が高く、床が高い。暑い四国にあってクーラーも要らぬ程涼しかった。ヌ〜〜やはり民族建築を見直さなアカンよ。

寝不足で学校へ。生徒も寝不足のやうで、盛り上がらぬ授業。けふは夜のレッスンが休みなので、帰りの足でジムに行き、エアロバイクを30分漕いでサウナへ。土産の讃岐うどんを使ってオリジナル料理『豆腐とうどんの冷和え』を作る。疲れに効くと云ふ酢と豆板醤を効かせてさっぱりと。女房には仲々好評。

21日(水)-------------------------------------------

けふぐらいから夏休みのやうだ。散歩してゐるとコドモが目立つ。いつものやうに練習して、プールでトレーニング。

レッスンの帰りに、遅くまで開いてゐるスーパーに立ち寄る。通路のまん中に5歳児ぐらいのガキが座り込んで絶叫してゐる。これはだうしたことか?と辺りを見回しても人影はナシ。迷子のやうにも思えぬ。すると母親らしき、お多福の輪郭に般若の表情を付けたやうな女がつかつかと近付いて来て、いきなりそのガキをひっぱたく。『早ぅ来んさい!!』と怒鳴り、腕をつかんで引きずってゆく。2〜3年ヘロインを常用して復帰したはいいが、生きる希望も何もかもなくしてしまったやうな目をした父親らしき人物は、週刊誌のコーナーで立ち読みに耽り、まったく意に介さず。

さういへば夕方も、狭い車道で、軽に乗った若い子連れの母親が、離合の真際にワシの方を見て『避けろや、バカ!』と云いたれやがった。見る限り、元ヤンとかではなくてフツーの主婦のやうだった。

まぁ日本の未来は希望に満ちあふれてゐるコトよ。

22日(木)--------------------------------------------

東京ツアーの内容が固まる。この時期になってゲンタさんが以前送った音源を無くしてしまった、といふハナシ。8月初日のbkozとのライヴの方にもかからねばならぬのに、アー余計な仕事を増やしてくれるよ!。スタヂオ入りしてる時間はないので、自宅で鼻歌をMDに録音。速達で送る。今回、ぢつはまだ宿も決まってない。この週末はダブルヘッダーだし、プチツアーもあるし、さすがに焦ってきた。

23日(金)--------------------------------------------

最近よく、知らない街を旅してゐる夢を見る。けふも何故か巨大な3匹の猫を引き連れて、見知らぬ土地を歩いてゐる夢を見た。『これは新たな旅路への暗示か?』と思い、フと専門書店に立ち寄り、夢判断を調べる。

『知らない街を旅する夢は、夢を見た本人が、どうすれば良いのか分かってゐるのに、そのための努力をしてゐない事から起きる自己逃避の具現である。また、独り、もしくは人間以外の連れを伴う旅の夢は、新しい孤独の暗示である』

へ〜〜〜。


5週目


7月24日(土)-------------------------------------------

けふはパーカスのツンちゃんからの依頼で、老人ホームで演奏。ツンちゃんが監督をしてゐる、知的障害者のパーカッション軍団をサポートする形で参加。御老人がたにも自由に参加してもらって、リズムを楽しもう、といふ企画。手のひらを真っ赤に腫らせながらジェンベに挑戦して、『あぁ楽しい!若返ったわ!』と盛んに云ってた老婦人が印象的だった。えぇ仕事してますな、ツンちゃん。

それからアクターズスクールのレッスン。その帰り道にJIVEに行き、オルカのライヴ。けふのイベントは周南市のプログレバンドバスキアINO氏が主宰する『響音乱舞〜六舞目・広島編〜』といふ企画。オルカ団(広島)、MysteriousClouds(岡山)、君ノ蒔(防府)、乾家(防府)といふ出演者。防府勢はいづれも一癖も二癖もあるアバンギャルド系。特に君ノ蒔はチャールズ・ヘイワードや吉田達也を思わせる(勿論あんなに上手くはないけど)、変態ソロドラム・パフォーマンスだった。

待ち時間が長かったからかなんなのか、直前にものすごいめまいと吐き気、倦怠感に襲われ、椅子に座ってるのもしんどい状態。かなりヤバい状態だったが、始まってしまえばそんな事を云うてはおれぬ。頑張って唄ってゐたが、だうも足腰に力が入らず、シールドを引っ掛けて椅子ごと後ろにぶっ倒れてしまった。それにかをりが動揺してリズムがよれよれ。オルカ団としては、久々にへろへろの演奏をしてしまった。

暑い盛りの事だから、とはいえ、やはり一日に何本も仕事をこなすには、ちょっとキツい年齢になって来たかね?。

25日(日)------------------------------------------------

けふは『響音乱舞〜六舞目・周南編〜』。昨日のやつの2日目である。MIやんチの車を借り、4人での旅。ベースとギターが一本づつ。鍵盤が一台。スネアが一個。ロックバンドとは思えぬ機材の少なさ。いいねぇ、この機動性の良さは大きい。乗用車でツアーが出来る!。いつか全員完全な生楽器でのツアーとかもやってみたいな。

場所は山口県周南市(元徳山市)はブギハウス。ワシはこの街で学生時代の4年間を過ごした。ツアーなどでちょくちょく立ち寄ってはゐたが、自分のバンドで帰って来るのは初めてである。広島からは高速を使えば2時間もかからぬ近さ。誰にも頼まれもせぬのに、ワシの思い出の場所とかを紹介しながら、懐かしい町並みを走る。昔住んでゐたアパートはなくなり、二世帯住宅が建ってゐた。

けふの出演は6ユニット。ワシらはトリである。逆リハなのでリハ終了から本番まで6時間近くある。時間潰しの為にコンビニ、ファストフード店などに行くも、何所も『喰い終わったらさっさと出て行けよ』と云わんばかりに冷房をかけまくりやがり、1時間も粘れぬ。結局、ライヴハウス前の公園脇に車を停め、本番までづ〜〜〜〜〜と喋ってゐた。このメンバーになってこんなに喋ったのは初めてである。

店は狭く、出演者が店内で待機できるスペースはない。よってメンバーは外で待つしかない。バンド連中は店前の歩道に座り込み、つまみを並べて宴会までしてゐる。かなりヤバい光景。声もでかい。それでも苦情は来ない。人がいないのだ。僻地ではない。徳山駅前から徒歩5分ぐらいの立地である。しかし、周囲のビルや民家に灯りはなく、もう随分長く空き家になってゐるらしい建物も少なくない。日曜日だと云ふのに市街地にも人影はまばら。ここにも不景気による過疎の波は押し寄せてゐるのだ。

さて、結局オルカの出番が来たのは、夜11:00過ぎ。かをりなど、もうすっかりくたびれて(喋り過ぎだ!)眠さう。しかしこの街に、結構『オルカを見たい』人がゐて、ライヴは満員のお客さんが大いに盛り上がった。昨日と全く同じ演目。聴き手は重複してはおらぬのだが、同じ事をやったんでは、ミュージシャンとしてどうか?。そこで、突然打ち合わせにない事をやってみる。ワシは今後、これをオルカのメンバー全員に求めたい。その日の感覚、体調、心境、状況、それぞれでどんな風にでも演奏が変化するバンドにしたい。さういふ意味でのけふのかをりのソロ、まちゃあきに全預けした間奏などは、今後への布石となったはずだ。

アンコールまで終え、帰途に着く頃は、すでに日付は変わってゐる。本来、帰りの道中で温泉にでも・・・と云ふハナシだったが、まぁ無理だよな。車の中で『ビヲレパウダーインさらさらシート』を使ってシャワー代わり。お疲れでした。しかしまだ人生も、旅も続くのであった!。

26日(月)-------------------------------------------------

けふはオルカ団レコーディング第4日目。まづ独りでスタヂオ入りして、仮唄録り。その後メンバーが来るまでソロ曲の録音。こないだの松山ツアー中、ドラムスのマナブに『シュウさんは自分の良さをアピールする為に、バンドに対してもっとワガママになってもエエはずだ』と云われたので、まぁそーかな?と思い、オルカのアルバム、の中に、何曲かソロを入れる事にした。

けふは仕事でかをりが来れぬので、MIとまちゃのパートを録る。細かいダメ出しをくり返し、結局、完璧オーケーテイクは出せず。みんな甘いのぉ、まだまだ。MIやまちゃは勿論、かをりに対しても、やっぱりみんなリズムのトレーニングが決定的に不足しておるよなぁ、と思う。レコーディングなんて、はっきり言って8割がリズムとの戦いやからね。ライヴでは勢いでなんとかなるが・・・・。

これで終わらぬのが最近のパターン。夜は来週のbkozの来広ライヴのリハ。はっきり言って、立ってるのがやっと、ってくらい疲れてゐる。学校が夏休みに入ったからと云って、何一つ余裕が生まれないのは何故だ!?。ハー、こりゃかなわん。明日あたりブドウ糖でも点滴してもらいたい。

27日(火)-------------------------------------------------

ようやくなんとか時間をとる事ができるやうになった。東京の演目の譜面合わせに取り組む。

夜、敬愛する異端の作家中島らも氏が亡くなった、といふ訃らせ。エッセイなどで本人が語ってゐたやうに、漫然とした自殺を遂行してゐるやうな人生だったやうな気がする。若い頃のタナトスの描写などは、正直読んでゐてハラが立つ事もあるが(甘ったれるな!といふかんぢ)、氏の書く小説はとても好きだった。最近、まちゃあきも彼の作品にハマってゐるやうだが、やっぱり人生の向こう側を見て来た人間だからこそ書ける文章だったと思う。御冥福をお祈りします。

28日(水)-----------------------------------------------

朝、東京演目のMDを聴きながら1時間程度のウォ−キング。ワシはいつも散歩しながら楽曲を憶える。適度に身体を動かすと、憶えが早いし、忘れぬ。オルカでもソロでも歌詞を憶えて唄うワシを『凄い』と云ふ人がタマにゐるが、日本語なんやから憶えませうや、と云ふ話し。てか、歌手がステージに上がって譜面台立てなや、と思ふ。

29日(木)------------------------------------------------

楽器店の企画会議。秋のコンサートについて昼まで協議。終わった後、MI&かをり(この二人とはぢつは仕事仲間でもある)と、インドカレーを喰いに行くか、と云ふハナシとなるが、時間がないので断念。近所のファストフード店でハンバーガー&チキン。

ワシはこの時期、大体毎日短パンにTシャツで過ごす。短パンと云っても、今風のせいぜい膝丈くらいの中途半端なバミューダではなく、しっかり太モモの中程までの丈のやつだ。いつも1シーズンに1枚、Gパンをぶった切って作る。ところがこの『40近い男が太モモを(またこれが競輪選手のやうに太い!)出してゐる』といふのが、若い女には結構刺激らしい。学校で「センセイ、セクシーすぎる!」と女生徒に云われ、以来、学校へはこの格好は行かぬやうにしてゐる。今は夏休みなので、一日中この格好である。

先日の周南市でのツアーは、このままの格好でステージに上がった。ビデヲを見たMIやんのハナシでは『海に行って来た帰りの』やうだったさうな。

30日(金)----------------------------------------------

散歩する。夏のam8:00なんて、朝ぢゃないな。すでに激暑。ベースの練習して、1週間ぶりのジムへ行く。みっちり1時間、マシンとプールを使う。帰りの足で広島駅まで行き、天童よしみを美人にしたやうな駅員から、東京行きの指定席を買う。なんか台風が近付いて来てるな。bkozの連中、ちゃんと来れるんやろか?。

さうしてゐたら、なにやら明らかに異常な「熱風」が吹いて来た。「暖かい風」ではない。気温より確実に温度の高い風。インドで何度か経験した風だ。フェーン現象なのか?。そのうち稲光りとともに雷鳴が響きはじめ、大粒の雨が・・・・。憶えてゐる限りでは10日以上ぶりの雨である。車でレッスンに向かってゐたが、窓を開けて吹き込むに任せる。気持ちいい。が、1時間もせぬうちに上がった。後はでっかい入道雲と夕焼けを残して、相変わらずの熱気を保ったまま日が暮れる。やれやれ。

夜、女房が旅行の準備をしてゐる。大阪でイグアナ飼育者ネットワークのオフ会があるのださうだ。ワシも水曜日には旅の空。椎名誠ンところの家族のやうである。

31日(土)-------------------------------------------

極めて珍しい進路で、広島に東から台風が近付いてゐる。大平洋高気圧に行く手を阻まれる形で、かうなったらしい。

朝、女房が大阪へ向けて出発してゆく。だんだん風が強まってゆく中、ワシも東京行きの準備。今回の滞在も主に東京の西を中心にした活動。よって宿もいつものやうに吉祥寺。一日だけ高田馬場で取材が入ってゐる。この日ぐらいホテルに泊まらうかな?と、今思ってゐる。

アクターズスクールに行き、2コマ4時間、来週の分までレッスン。その後スタヂオジモにて、広島入りしたBkoz本人達も交えて、明日のライヴのリハを11:00まで。bkoz、気の良いお兄ちゃん達である。外は台風バリバリ。アホな事に洗濯物を干しっぱなしの上に、窓も全開で出て来ており、心配したが、さほどひどい事にはなってなかった。

夜は独り。ビールを飲み、焼酎を飲んだら、もう目を開けてゐるのがしんどい。



翌月