立夏(5月6日をピークに前後15日)

毎度このコーナーを読んで下さってゐるマニぃ皆さん、いまワシはおそらく旅の空に居ります。

5月2日から4日間に渡り、矢野テイ組EGGの一員として山陰〜九州ツアーを回ります。ノートパソコンでも持ち歩いて「今回は旅先からの更新です」な〜んてオサレなことができるハズもなく、繰り上がり更新とさせていただきませう。

************

ここんところ色んなところで新しいプロジェクトが進行してゐるせいか、ウチにゐる時の大半をMTR(多重録音機材)の前で過ごして居ります。譜面が書けるやうになってからは、あまり本気で使うこともなくなってたんだけど、使いはじめるとハマりますね。

それで気付いたんですが、これをやってると練習になるんですね!。

普段、作曲だけならキーボードでやっちゃうからね、ベースなんて触りもしないんですよ。まぁ今でも簡単なものなら、接続の面倒臭さが先に立って、ベースパートもキーボードで弾いちゃうんだけど。

最近やってるのはもっとややこしいやつで、流石にベースでないと弾けないものがほとんど。で、しょーがなくベースを接続して録音するんだけど、やっぱり自分の専門楽器だからキチっと弾けんと悔しいわけよ。で、何回も何回も繰り替えして録ってるといつの間にか仕事に行かなくちゃいかん時間になってたりする。2〜3時間はあっといふ間に経っちゃってるんですね。

普段、2〜3時間も練習なんて絶対しないからね!(・・て自慢すんなよ)。こりゃあおトクだあ!ってなもんで、ますますハマってます。そのうち宅録マニアになってたりして。それもいいかもね。「この時代にコンピューターとの同期を全く使わない、独り多重録音!」なんてコピーつけたりしてね。

*************

旅は楽しいです。でも寂しい。

生まれた処、暮らしてゐる処を遠くに離れて、それは確かにすごく心踊ることではあります。しかし夜、通り過ぎる車の中から、そこに暮らしてゐる人達の営みの灯りを目にして、フと寂しくなることもあるのも事実。自分はこんな所で一体何をやってンだらう?なんて思うこともあります。

でも、友達や仲間、それぞれがそれぞれの人生や暮らしを持ってゐるからこそ、楽しいのですよ。

遠くに離れてたり、あるいは近くにゐるのに滅多に会えなかったり、逆に嫌になるくらい毎日顔を付き合わせたり。それらがみんな同じ暮らしをしてたら、面白くもなんともない。人は色々だから面白いのですね。

5月1日


いやぁ、ハードなツアーでした。

今回は村岡達也率いるThe Eggs といふバンドと、横浜在住のシンガーソングライター竹内紀の合同ツアーで、ワシはエッグスのメンバーとしての参加でした。5月2日の岡山を皮切りに5日の九州は小倉まで、4日連続の移動&ライヴ。滅茶苦茶にハードなスケヂュールでしたが、いやぁ楽しかった。

しかも超低予算ツアーですからね。

ホテルなんざ泊まれやしませんよ。連日雑魚寝。宿を提供してくれた友人知人には感謝に感謝!。そして共に旅したテイさん、紀さん、タマオくん、本当にありがとう。お疲れ様でした。楽しかったね。

なんと云ってもワシはこのツアーで、ある事をひとつ「得」ました。

ワシはこれをやって行こう、と思ふのです。こうやって自分の知らない町を旅して、そこの人と知り合って、そこの人と共に音楽を作って。その横軸を頼りに、この旅を大きく広く拡げて行こう、と。広島で仕事をして、そのカネで旅をして回ろう、と。東京に住み、そこからナニカを「発信」して行くんじゃなくて、自分の脚と手と耳と目で、手応えを感じて行こう、と。

これに気付かせてくれた、大きな旅でした。

***********

今回のツアーで本州最西端(かな?)、山口県は向津具半島(これでムカツク半島、と読む。嘘ぢゃないよ!)川尻岬といふところで、幾人かのサーファーと出会いました。出演した店が、まぁ云ってみればサーファーのたまり場だったもので。元々エッグスには素晴しい女性パーカッショニストがゐて、その娘も筋金入りのサーファーだったんですが、彼女が結婚して(ダンナも勿論サーファー)この地に住み着いたことで、今回のライヴも実現した訳ですね。

やはり、あのスポーツは独特です。ゆえにそれを愛する男達、女達も独特です。

彼らには「中間」といふ概念がないんです。非常にシンプル。

波があるか?ないか?

波が来た時、そこに居るか?居ないか?

大きなうねりに乗れるか?乗れないか?

スポーツマンは、いや、あるいはただのファンだからこそなのかも知れんけど、理論武装をしたがります。それを自分が、あるいは支持する選手が「それをやる理由」を見つけたがる。「肉体への憧れ」「限界への挑戦」「自分の存在の為」「記録の為」「金の為」「家族の為」「子供の為」「妻の、夫の為」「監督の為」「チームの為」「お国の為」また「そのスポーツそのものの為」。どれも使い古されたスポーツへの矜持ですね。

サーフィンにはさういうものはないんですね。波は自然が作るもの。無い波には乗れない。逆に波があれば、その背景にあるのが颱風だらうが海底火山の噴火だらうが、彼らには関係ない。波があれば、彼らは海に出るんです。冗談ではないんですよ。彼らはマジでさうなんです。ハワイのキラウェア火山が噴火した時に、溶岩が押し寄せ、煮え返って蒸気を吹き上げる海岸で波乗りしてる数人のサーファーがゐた、といふ逸話も残ってますよ。「だって同じ波はもう二度とやって来ないんだぜ?!」。さういう人達なんですね。

まぁ、勿論それを「素晴しい!。皆さうあるべきだ!」とは云わないですけど、心洗われるやうな気がしたのも事実です。この社会、はじめた動機はなんであれ、後から理由付けをしないと自分がくじけさうになってしまう。でも、本当は行動するのにそんなにいくつもの理由は必要ないんですよ。

5月8日


ウチの女房のHPに「巨木ある風景」といふコーナーがあります。

本当はワシがやりたかった企画で、そのうちに、とか思ってるうちに先を越されてしまった感のあるものですが、まぁお互いの読者もダブってるやうですし、今は写真提供者として協力させてもらっております。

ワシは生まれ育った家のすぐ近所に、それはそれはでかい銀杏の木がありまして、そのせいか巨樹といふものに心惹かれます。

考え違いをしてる人も多いことですが、彼らは「生物」なんですよ。『木は植物でしょ?』って云う人にタマに会ったりして驚く事があるんですけど、植物だって生物ですよ。「動物」ぢゃないだけです。ワシらと同じ種類の神経系統や思考能力がないだけで、彼らは立派に「考え」て「生きて」おるんですよ。だからワシは「健康上の理由」以外の思想的菜食主義者の言い分「心のあるものを喰らうなんて出来ない」といふのは欺瞞に満ちてゐてキライです。

この地球上で最も大きくて長寿の生き物が樹なんですね。

現在、科学的に正確な樹齢が判明してゐるうちで、最も長寿の樹は、北アメリカはホワイトマウンテンに生息するブリッスルコーンパインといふやつで、樹齢はなんと平均4700年。一般的には縄文杉(岩手県、越喜来の杉)が樹齢7000年と云われてゐるが、それは推定樹齢である上に、縄文杉といふのは合体木らしいので、単体の樹ではこの長ったらしい名前の樹が世界一、といふ事になるさうですね。平均樹齢7000年以上、と云われてゐた屋久島の杉も6000年前の火山活動で一旦は全滅した、といふことが最近分かってきたやうです。

そのブリッスルコーンパインの中でも最長齢の樹。かれにはメッセラ(英語ではMethuselah。メトセラ、メスーゼラ、とも表記されてゐる)といふ名前が付けられて居ります。

オルカ団の曲ではないのですが、ワシのオリジナルにかれの事を唄った『メッセラ』といふ曲があります。

その声に耳を澄まさう
その声を聞かう
その足元に幾重も巡った
その声を聞かう

歴史の闇 時代の影 栄え 滅び 征服と崩壊

星を夜を謳い 月は海を誘い

かつて人はその声を聞き
共に語る術を知ってゐた
声は全てを知ってゐた
全てを知ってゐた

今 私にはその声が聞こえない
風は何も語らず
私には未来を知る術さえない
                      作詞、曲 梶山シュウ『メッセラ』

これは、まぁ樹といふものに対するワシの畏れとか尊敬とか、さういうモノを謳った曲で、何か知ってるのなら教えてほしい、といった思いを込めております。多分彼は今のこの星を嘆いてるだらうな。なんでこんなモノがこんなに地上に蔓延ってしまったんだらう、とかね。

アメリカの先住民であるインディアン(今はネイティヴアメリカンと云わねばならんらしい)には樹と心を通わせる事によって、居ながらにして遠方の事や未来を知る技があった、と云います。日本にだって「御神木」ってぇ概念があるでしょ?。「切ると祟られる」とかね。まぁメッセラとかさういう名のある樹に限定しなくても、「うわぁでけ〜なぁ」と思うやうな樹ってのは、大体100年以上生きてますからね。そんな長い時間を生きて来た生物に何の力も宿らん訳がなかろう!といった感じですか。「そんなバカな!」と言えますかね?。

ただね、ワシのイメージではこのメッセラ。霧の立ち篭めた平原かなんかに一本だけどーんと立ってて、樹高も100メートル以上あって、その姿は神々しく、遥か彼方からでも見える、てぇのを思ってたんですが、実物は結構小さい樹でね。せいぜい7〜8メートルくらいの樹高で、どーんと立ってるどころか、まるで立ち枯れでもしてるみたいにネジくれた不格好な樹なんですわ。まぁホワイトマウンテン自体が標高3000メートル級の相当に荒れ果てた高地ですからね。そんなところで千世紀を何回もくぐり抜けて来るには、樹も大変なんでせう。

出来る事なら、いつかかれの前で唄いたいね。

5月16日

註:アメリカ森林管理局は、かれ「メッセラ」の所在を公表していません。このホワイトマウンテン国立公園も入場制限があり、おいそれとは入れないさうです。しかも、何一つ持ち帰っても、持ち込んでもいかんらしい。「持ち帰っていいのは記憶だけ、残していいのは足跡だけ」だってさ。さうまでしなきゃ彼を守れない人間のモラルも、理解出来るだけになんとも複雑。


次へ